同
一
人
論
同
本
将軍機関少佐
上
発明治三十八年五月廿七日の
今日事変下に、又紀元二千六
日本海の海戦は当日のの避我は当日の地
百年の輝かしい年の輝かし此の意義
戦艦信濃丸が敵艦隊を発見致
深い記念日を迎へ明治天皇
しましたのに始まり、翌二十
の御穏威を畏みにしもの御移感に
八日の日没後迄続き、又彼我
報ぜられました東郷大将以下
の戦闘は約三百理の海面に亘
我等の先輩の功業を偲び感激
つて行はれ、其の交戦時間の
更に一人なるを覚える次第で
非常に長かつたこと、其の戦
場の広かつたこと交戦両国の
兵力の多大であつたこと及其
あります。
惟ひまするに、挽近交通機
関と通信機関の発達に依り我
の勝敗の差が餘りにかけ離れ
て敵の艦隊が殆ど全滅したの
に対し我が艦隊の受けた損害
が極めて郵微であつたことな
ど真に古今東西の歴史を通じ)の歴史を通じ)
て未曾有の大海賊でありまし
たる
而して此の
して此の海戦の結果、皇
々の住んでゐる地球上の距離
は非常に短くなり、従つて此
の地球上に国をなすもの地球上に国をなすものは嫌
でも応でも進んで世界各国と
有無相通じて物資の交易、文
化の交換をしなければ国運の
信の公義は、そのもは人でも、代光代の
進展も文化の向上も期待出来
なくなりました。然らば此の
国の武威はいよいよ中外に高
まり国力発展の大きな礎と
なりましたことは今更申上げ
世界各国を絡ぐのに最も都合
のよい道は何かと申しますと
今日では、陸、海、今日では、降、海、空の三つ
る迄もないことでありまして
が開けてをりますが其の中で
同四日市川町目附山中仲丁
も簡便
母
で罪灣
的で面
も最大
の輸送
力を持
つもの
は何としても海であります。
『地球表面上陸地の二倍半以
上を占めてゐる海洋こそは世
界各国を働てるどころでなく
殊に我国は四面最海の島帝の島帝の島帝の
国であり、海を離れ、海を無
視しては国家の生存も発服も
『吾妻恋……………………………………………………………………………………………………………………、、、、、、、
望み得られません。国家の盛
衰と海権の消長とは実に密接
不離の関係を有しますること
は、我国の歴史が之を明示致
してをります。さればこそ日
本女性の中にも古来海上に活
躍した方は決して少くないの
でありますが、誠に畏れ多い
ことながら、日本武尊の妃
第一週の次第一、勢の蝦夷御尊の蝦夷御尋の
長い歴史の間には我が国の
○海権にも一張一張にも一張一張一張一張一張一躯にも一張一張一張一張一張一飛はございま
したが、室町時代に入ります
モア』や、我国と海外との交通は次
第に類繁の度を加へ、秀吉、
家康の時代には外国観易社盛
を極め、従つて我国民一般の
海に対する認識も亦非常に深
く万里の波濤を開拓する意気
を示したものであります。
今日清水寺に残つてゐる彼
の末吉船の給は抑そも何を語
つてゐるのでありませうか、
軍に從はれ、其の御道すがら
双六を楽む者、カルタに映ず
浦賀水道に於て荒天に会はせ
られ御身を以て海難鎮静に任
じ給ひました事や、
る者、煙草をくゆらす者、さて
は太鼓を打つ者等、何れも海
上に在るを忘れて、さながら
神功皇后が御親ら水軍を率
自家の屋内に在る様な愉快
ひ給ひて肥前国松浦潟から御
な様子を示してゐるのであり
進発遊ばされ対島を経脹れ対島を
待つて一挙変事を以て一三て一一度の東北部に
まして、一葉の小舟に運命を
託しつつ万里の波濤を蹴つて
モアラス。世界世界各国全人類をつなぐ帯で
ありまして古来此の海を通じ
て世界の文化は交流し人類の
繁栄は築かれて来たのであり
いふて皆さんの日常生活と
御上陸せられ新羅軍を撃破し
海外に赴かうとする人々とも
て国王を降伏せしめ更に余感
を駆つて隣国高』を駆つて隣国高句麗及百済を
帰順せしめられましたことは
特に著名な事実でありまして
此の三韓御征伐に依つて我国
思へぬ有様であります。之ぞ
世界を家として恐るゝことな
き我海国日本国民の進取の気
ピアースペー線を如く線を如実に示すもので、眞に
頼もしい感じを与へるのであ
海とは不知不識の間にも非常
に大きな關係を持つてゐるの
の海洋発映画の海洋発服は一段は一段は一段は一段は一段は一段は一段は一段は一段は一段は一拝した
のでありまして誠に感激に堪えすりまして誠に堪
一日本所然るに徳川幕府第三代の幕第三代の將
二
□
人
煙草
ロー四さ捨出十一日
軍家光の時代に至り、基督敎
禁制のため鎖国令を布きまし
たので折角海外に伸びんとし
た雄図は挫かれ、国民の士気
を混喪せしめましたことは措
みても餘りある次第でありま
して、今日我国民の中に「板
子一枚下は地獄」といふ諺
が残り海を恐れ、
海を危険視する観念が残つ
てをりますのは、此の鎖国令
の影響に依ることが大きく、
殊に女性の中に此の観念が深
いのは女性特有の性格上己む
を得ぬ點もありませうが、之
を我国と地勢相似たる英国及
英国人の海に対する観念と対
照して考へますとき遺照して考へますとき遺憾の情
禁じ得ない次第であります。
英国に於ては海国民として
の国民敎育は母の胎教育は母の胎教育は、
まると謂はれ富める家にも貧
しい酒屋にも必ず海の拙画を
掲げ、或は子守唄や童謡、童
話等にも海に関するものが頗
る多く、以て幼兒の頃から国
民をして海を恐れず否海に親
しみ、海に慣れしめるため深
甚の注意を払つてゐるのであ
ります。之卽ち
第二の国民をして海国民た
るの気風を育成せしめるため
には、先づお母さん自らが海
に親しみ、海を理解すること
が肝要なりとの用意に出るも
してやみません。
国防、実源運輸交通、産業
学芸、学芸術、学芸術、美術、国民精神作興国
民体位の向上等々海と国家の
発展並国民生活とは総ゆる
方面に於て密接不可分の関係
があります。
『我国の歴史の教へる所に依
れば、我国運が飛躍的発展を
遂げた時は必ず外国と接触し
て其の文化を吸収し之を融合
ピアラド、アリ、又我国の
独立が発感せられたのも外国
の進攻によるか、或はそれと
関聯する時でありました。四
面海を環らす我国が外国と接
触するには一に海路に依る外
のでありまして、此の點に就
ては、我国の女性は大いに英
では・い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
国の女性に学ぶべきであらう
と信じます。
一、これ、海は決して恐ろし
いものではありません。所謂
素人が海で事故を起し、遭難
するのは其の殆ど全部が海を
理解せず、海に対する研究が
不充分であり、又海に対する
注意を缺き無姿を敢てするか
らであります。此の點に就き
ましても亦婦人の認識を希望
その方法が無かつたのであり
ます。此の意味からして、海
洋は過去に於て
『我国の運命に至大の運響に至大の影響
與へたのであります。海洋こ
そは我国民の活動舞臺であり
唯一の進路であり又国家の防
壁であります。
此の機会に於きまして以下
我国と最も關係の深い列国と最も關係い列国が
其の国防を全うし、自国の発
辰を期せんが為に如何なる海
軍政策を探りつつあるかを極
琉球球に聘問、予記録、
めて弥軍に御説明致しませう
一、米国……は支那事変及欧
洲に於ける国際情勢の不安を
理由として、下院の海軍委員
長たるヴインソン氏の提唱に
調せられてゐますのみならず
太平洋上各地の防禦施設の燈
備に余念なき有様でありまし
でいまるもの男たいたいへいそうせんだいへいんども
て米国海軍の太平洋作戦準備
は著々完成に近づきつゝあ
基き、近年大建艦計画を樹て
最近に至り二度迄も之を修正
して、急速に海軍力の充実を
期してゐるのでありまして、
数年の後此の計画が完成した
暁には現在有する海軍力と
併せて戦艦約二十五隻、航約二十五隻、約二十五隻、航海察
母艦約七倍約七隻、舟勢を
併せますと総計約二百万噸に
る次第であります。
二、英国……昭和十二年から
五ヶ年計画に依り、十五万磅
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巨費を投じて海軍々備の充實
に狂奔してゐる有様でありま
して、之に依り本国、海外傾
土並に植民地の国防を安全に
し、併せて最近愈々多事多端
となりました国際情勢に鑑み
自国の海軍力を以て外交の指
導力を挽回しようとするもの
であります。
而して此の大拡張計画の完して此の完」
成期たる唱和十七年頃迄には
少くとも主力艦二十三度、航
空母艦十愛となり、補助艦艇
と併せて総計り、アンと併せて総計二百万歳計
★今軍を一挙に大海軍を一挙に警備せんとす
達するものと観測せられます
★尚之と併行して米國の沿岸
アラスカ、ハワイ、バナマ等
に對する防備強化を図る目的
で航空部隊の躍進的機充が強
るものでありまして、その目
的が奈邊に存するかは窺ふに存するかは窺ふに
難からぬ次第であり、之と其
に航空兵力の充実に努力して
ゐることも亦申上げる花もあ
りません。