の
込
人
二十二日
三、Ｄ………………………………………………………………………………………………………………………、、、ン、、、、ン、
役に依つて殆ど全滅してから
容易に復興しませんでしたが
最近陸軍及び空軍が相当に充
実しましたのと、欧洲に於け
る種々の外交上の失敗等に鑑
み、国力推進のため海軍力充
実の急務なるを自覚し、昭和
十二年以来大海軍の建設に努
力してゐるようであります。
三十一日に現在は約三十三万噸の継船を
列強の海軍力充実の極めて概
要を申述べましたが、我国と
しては前途多事なる支那事変
を解決し、東亜新秩序の建設
といふ大事業に過進してゐる
以上、各国の総勢に対處して
充分の注意を払ひ、之が対策
に万全を期せねばならぬこと
は勿論であります。
皆さん繰返して申上げます
海を理解せず海を無視して国
持ちその三分の一、十三万噸
丘は潜水艦であると推測せら
れます。
而して其の
して其の極東軍備は専ら
潜水艦を中心とするもので七
一十隻以上を配してゐるものと
見られてゐますが、之等は一
朝有事の際東洋海面の制海権
確保即ち大陸と我国との交通
及び海外通商路を確保します
上に大に警戒を要するもので
あります。右の外ソ聯海軍は
北氷洋を通じて極東に至る航
路を探究し既に之を利用して
ゐますし、カムチヤツカ沿岸
に海軍及び航空基地を着々増
設しつゝある摸様でありまし
て、大いに注意を要する点で
家の生存発展は望み得べくも
あつてありませんや今日は太
平洋の波はその名の如く太平
ではありません、以上申述べ
ました所より、海国
日本の残りは直に皆さんの
日常生活と切実な関係を有し
てゐることをはつきり掴んで
戴きたいのであります。
○今は日本の母であり、日本の母であり、同時
に海は大陸建設の母であると
の心構へを以て日本女性の信
おまふ。まふ。念として下さい。皆さんは御
家庭の中心であります。
どうか皆さんの御子様方に
海国日本の国民たる常識と気
魄を與へられ、又近隣相互が
海に関する認識を深め、以て
あると考へられます。
以上我国と直接関係の深い
国力発展の源を培養せられ
んことを希つて己みません。
同越後の赤誠
□□
時局に対する銃後国
民の認諭が染められて
ゆくに此例して、いや
か上にも高められてゆ
くのは赤誠献金のは赤調献金字
敵
倦であります。前職属
士の誠忠にも劣らぬ此
種の報国美談、佳話の
うちより京都聯隊区司合部に寄せ
られた、爾後の献金者を茲に抄録
する次第です。
其ノ一
京都市四条大宮西入、上野
作次郎氏の愛輝きくゑさんは
去る七月五日妙齢二十歳で不
幸早世したが、在世中に娘さ
んながら健気にもお小遺銭等
を節して貯蓄報国の貴い赤誠
を累ね得た金一百円也を遺志
により七月廿八日きくゑさん
の祖母すめ(六十九歳さんが
孫寿美子さんに介添はれて瞬
『今週司令部に出頭、随兵金と
して献納、愛孫の冥福を禱る
………………………………………………………………………………………………………………………………ンン。…氏ン。…ンン……………
が如き面持ちで退去された。
其ノ二
去る六月十七日左の書状と
の婦人がある
拝啓若葉の色濃き候と相成
りました、ましたりました、去る日には畏く
時も天皇陛下の行幸を拝し
皇国益々盛えゆくこの御望
代に生れました感激に生れました感激に何と
も云ひ知れぬものを感じ之
もひとへに我皇軍皆様のお
其即死人のものと心より感なるものと心より感
謝致します。そして私共の
微力が少しでもお役に立て
答フお生してみさ行して
ばとその職にいそしみつゝ
戦野にある勇士の方々の御
武運をお祈り致す次第でご
ざいます、私共のさゝやか
なる感謝の一端として同封
致しました分お手数乍ら御
〽アースル物の下さいませ、この聖職
の終るまで止めまいと誓つ
たにも係はらず、前二回の
分後れました事を眺しく存
私は廿七、八日の旅行は廿七、八日の旅行は病
気のため行けなかつた。こ
れはすこしの金ですけれど
国防献金にして下さい
の手紙に添へて金三円を献金
其ノ四
○滋賀県野郡中里村大字小
★そ社跛★此江国塲いしさんは
留守宅の困地で行はれた村主
僅の田意号映会に一等賞を獲る
得、その賞金として得た金三
円五十銭地を「日頃貧しい生
活の私ですが全く予定外に戴
いたのですからぜひ御上の御
用に立てゝ頂き度く……」云
々との謙譲な書面と共に献金
された。
其ノ五
又京都の一国婦人、又京都の一国都の一国婦人は
じます、時局多端の折柄皆
々様方には御自愛の程をお
祈り致します
六月十五日
但兵部御中
かしこ
其ノ三
第二週間並熱蒲生郡鏡山村尋常高
等小学校高等小学校高等小学校高等
七月七日の記念日の記念日の記念日本人
一人一人として一人として忘れることの出
來ぬ日で一億一心の同胞が
風呂代と電車代一度をつゝ
しんで鶴兵部へお送りすれ
ば軍事費にみつがれると決
心致してお送り致します
とて、金十二銭を送金せられ
共に金一封を寄せられた置名
子さんは
御油御油御油御湯御油御油御用
ばなりません
一人一家の生活を最
低限にきり詰めて公
の生活、国の生産力
心身の健康を保ち、社会の秩
序をまもる健全な生活、それ
が最低生活であつて、乞食の
★橋を自分で買ひに行き、水を
飲んで晩年を暮した佐藤慶太
郎翁は「最低の生活は、最高
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一、猿充、国力増進をは
かりませう
「最低生活は道徳な
り」と申しますと、ル
アラルのやうら…………………………………………………………………………………………………
一人一家の利益をすてゝ国氏
全体を活かすための生活戦線
を守りませう
今までの私達の生活は、
ピアースペランスル、その人達は生活戦の反逆者
でまさに銃殺ものだといはね
諸国間島場所通御用意に協用調補償問県租増補償問慣補煉囲縄
生活かと思はれるかも知れま
せんが、これは間違ひです。
一断同で諸、田通用意関係増補関関補鉱糖調鉱煉鉱煉煉煉鉱脈流鉱鉱脈流調煉鉱
生活は不健全な、世間に迷惑
な、罪悪の生活です。自分は
うんと働いて千万長者であり
数百万円の公共寄附をしなが
ら。煮澤と名のつくことは一
切せず、一食五銭のバンと林
深病道補用療治療治療関療治療治増補傷傷療治療治療治療治療治療治
誠に我々如き者が亂書差上げ
人一家の利益がさきであつて
国防とか、国運とかは「誰か
ゞ」「どこかで」事足らして
くれるものゝやうに思つて、
国家の政治と私の生活、一国
の財政と見の家計とは、婦道
いものになつてゐました。し
かし戦時下の生活戦線は、そ
れでは総くづれとなつてしま
ひます。敢時下の経済にはこ
の線から出ると、国防や国感
に侘險であるといふ線があり
ます。物動計画で許された、
撮極く小さい民間必需品の艶品の範囲
を守ることも、百二十億の貯
『薔薇』一週間『薔薇をすることもまた公定価格
を守ることも、この危険線の
命合なのです。だから勝手気
随な遊澤をする人や、蘭取引
ノモンハン戰死！
遺家族の書簡
と申すのは其身を申すのは甚だ失魂とは存じま
すが有難き市電身に余り私竊
に感謝の心中を申し失礼仕
ります
其の一
竹内やす
(散竹内一男佐長母
謹みて長々の御指導感謝致
やと實は心待ちに待ち居りま
した當人もいざ一線へ出発の
『そゐば。最前今度こそは良き死場所を
見付けた一家全員に成り代つ
します、今回は未熟しる件一
男事過分なる役目奪舞し第一
線へ出動致し名譽の戦死を遂
げたる由一家一門の譽と存じ
上げます
○月○○日突然出動命令下
るや戦友柳澤弥八殿へ万事依
頽し出発せし旨、柳澤殿より
一日十一日十一月の日を知々も其時より承知
★致し居り何時如何時如何時如何なる
て御奉公する意んでくれ、と
云ふて参りました通り本人は
「申す迄もなく我々一家とても
此上なく勇身が広く部隊長殿
よりも有難き市電に接し身に
余る光榮と存じ上げます、併
し今暫く命長らへ敵を散々懲
らしめたる後なればと存じ居
りますれ共何分日浅くして散
といへしてたるはなり果てたるは残念と思ひます
部隊長殿
真の二
阿部長治
第二十一―帯締上締
★拝啓時下谷々寒気に相成其
後一向央の映画「後一向俄に申議に申議に申訳あり
ません、扨大岩部隊長殿御初
の部下御一同健全にて日夜戰
線に於て御奮闘致し居る事蔭
伴奏者で仕り亡き勇喜の父
一母家内一同武運長久職務を所
願込めて念じ申し居ります
蕪はくば飽其なくはくば打殺
し此の長期戦を完全にし又東
一洋平和の確立の為に御奮闘下
の道徳の一つなり」といふこ
とを催することを信保とされた。戦時生活
は、私共に愛国心がどれだけ
あつて、どこまで健全に切り
下げ得るかを、ためしてゐる
といはれませう。
同世殊では、踊躍出たる消石囲埋たるには標獲たは標種類焼酎
され度御願ひ申上候、老人
乍ら出来得る限り戦地へ行つ
て国家の為尽忠奉公捧げ度い
と思ひ居ります、然るに老人
の為に行くことは出来ず銃
の守り及ばず乍ら地方に於て
で、一万分の一に報いと思ふ覧
悟で御座います
第二週間再速御通知現死早速御通知賜り嗚
一呼御国の為に名譽の戦死を致
したかと悲しきやどうか解ら
なかつた、然も部降長殿の文
面にて実に有難く拝読仕り
ました、今後は益々御国の島
に戦闘下され努力されんこと
を希望して己まぬ次第であり
いつたの御門前に先づは長い間申訳無之御礼
芳御報知申上げます薇具
部餘長殿