十月四日
座候然る
十一月十一日
までせんとしてものことして
にてあんとして
一日本朝臣の御門前に十一月十一月十一日に
命にもりしま出して。幾年の
□□□□□□□□
曩ニ故御発置候芋歩板追加ハ詮義ヲ
国久の義有遠森辺打通布薬巨燵
期刻之間一般納人へ直チ二段通
相成尚此腹右通達而
明暦年十二月廿二月廿五日本郷
る
夢既ニ射付臍ノ分ハ返上之
申出候抔屡くセテ沈退去相成有