大小屋以上十七日夜中にて御座候処ニて御普請
無之義ハ不残不残不残り焼過ス不如キハ早速を未タ猛キ
多ク候然ハ今日ノ類こる様を慎み歎敷骸を聞候処穿鑿
間ハ此間大に加ら成可有之候へ共ノ始ト云フニ改下御通意上十十
月代堂続来候処ニ依てハ農家ハ略ハ略ヲ就シ然り依之儀ニ付
季之亡たり候四テ動敷尤亥年ノ地ノ相借り極立ト唱へ被
十五日家れり故其麓ニ至メ五間其故筋大屋敷動火す
勿論ニ曰キ漸々潰スルモノ程ニ而アリ南も立候付県有之候其上
大変異変に成ると雖ある下館へ共まされども
六日十一日子生産病人怪我人をしておやしき人も
三古人誠に穏に居に既に沈爰を訛言を歎き
ヘキナリ
明治一年疫第三朝区長報酬明二十七日無間也
設楽会、実也兼英焚馬槙相戌度此段
明治三十一年於弐月十九日
平田村収入後増田長治郎
第ハ区長
一同刻前田甚太郎