犬上郡并谷村に産する午労は其の無僅に数万数万歳
に過ぎざるも品実優秀なるを以て其の名著はれ京都
市民の正月用品として欠くべからざるものなり。
本県人造綿縁の製造は最近長足の発展を示し其の
産額は全国第一位を占め唱和七年に於ては二千八百
余万円に遷し全国遷生産価額の四割七分を産出する
の隆盛を見るに至れり。之れ全く想琵瀾の水質と本
県の気候風土即ち纏度が人造綿絲工業に適合せるに
外ならずして駈ける胸に一鞭あてたるが如き勢を以
て塩産せらる近状に在り。而して県内に在りては従
桑米に相次ぎ其の産額多かりしも時代の潮流に乗り
たる人造綿絲の製造は何物の追従をも許さず、昭和
九年に於ては五千二百余万円に遷し、米の廉額を為
輝し本縣生産物中の第一位を占むるに至れり。
主蔵地は阪田、東浅井の両郡にして年産額六百余
萬国其の生産鼠に於ては誇るに足らずと雖も其の実
に於ては優良を以て特に世の賞讃を博しつゝあるは
情も今も何等変る處なし。
天露天露織及別移
主蔵地は大津市及阪田、東浅井、伊香の三郡にし
に年正価額三百万円に達し、全国屈緒の産地たり。
最愛宕の観品は主として中京及京阪に移出せられ下駄畳
然物等に製作せらる。
近江藤近江藤市
古来有名なる近江廓布の主産地は愛知、神崎、大
上の三郡とす。年産価値価数八十餘万国、生産品は着尺
廓布、縄麻上布、塵蒲団地を主としたるも近時柄模
様及耕等に於て著して進歩を示し江湖の實蹟を傳し。
つゝある。
江洲蚊帳
野洲、飯田、神崎の三郡を主産地とす。年産価額
二百余島図、夙に江洲蚊帳として其の名高し。殊に
近時数目無し蚊帳、白地岩ぽかし、水浅黄、横浜後
入等種々新新優雅の意匠を加へて世の好許を伝しつ
ゝあり。製品は全国蚊帳界の王座を占む。
高島郡に産す農家の剛業として家内工業的に製鉱
せらるゝ關係上産願に於ては他府縣の大全業に及ば
ざる處ありと雖も傳純的技巧を有し品質優良夙に高
島縮として有名なり。年産価額十五万円内外。
主産地を飯田郡とし縣生産量二万貫の九割餘を雇
す。
農家の副業なるも本縣物産として已に百餘年前よ
の名特業の名著はる年察はる年應額五十餘萬圓に遷し全國中第
一位を占め、本縣に於て全國櫻生産額の三劑餘を産
出し毎年陸軍種秋敵に納入しつゝあり。
年産価額十万円、伊香部を主産地として製品の直
なるものは琴、三味線、琵琶、ヴアイオリン等の娘
強姿なり。京阪、東京及北陸地陸地され糸質の優
良を以て名声を博せり。
人造テグス糸
年雇数量三千貫、価額二十五万円に達し漁葬家の
需めに応じて遠くは朝鮮、台湾、樺太及染洲国に輸
出さる。
大津市を勧め、犬上、愛知、神時の諸郡に於て製
作せられ年産価額六万円、外国向璽拂、京子掛、屏
風、衝立椅子等を主産品とし主として海外に輸出せ
らる。
紫香楽の宮趾として有名なる甲賀郡信楽地方を産
地とす。年種価続七十余万円、従来大器物を以て特
色としたるも近時は洋茶篇、瞭明器、暖房器等工芸
品の意況著しく品実優良且藤良且藤質にして實用に適し江
湖に愛用せらる。
一無価
所調彦根仏壇として市場に知らるゝものは犬上郡
落猥町を主産地とす。其の創業は寛永時代に端を発
し今や年産価額將に二十五万円に達せんとするの狀
勢に在り。
主産地を高島郡とす、由来高島郡は竹林豊富にし
て之が利用に今を去る百餘年前創業したる属督製造
は益々盛にして年産慣額十万円に遷す。
撮影………………………………………………………………………………
年産価額十万円、主産地を栗太郎草津町とす。
饗品はステツキ、乘馬用類、土瓶手、手拭掛、洋
途ハンドル、パイブ、ペン輔、団扇柄等にして何れ
も特色を有し敗路は内地は勿論近年海外に輸出せら
るゝもの増加の景況に在り、際は近年慶林当副業課
の委託を受け原料線根の青成に関し研究指揮し研究
成鉱の見るべきものあり。
水口細工
年應価額三萬円、甲賀郡水口町附近を主産地とす
主として檜経木を原料とし夙に水口細工として名あ
るのみならず海外に輸出して好鮮なり。
年産額十二万円、蒲生、犬上、神崎の三郡を主産
地とし、製品は京阪地方に駈出され其の一部は海外
に輸出せらる。
年産額十万円、主として阪田郡藤井村に産す。従
来彦根及京都仏壇の部分品の製作或は神社仏閣の彫
刻に従事するもの多し、又芸衛工島の研償に力め概
に名工の予出を見たりと難要は農山村の開業的従業
にあるため、近年縣は農民美衛或は木材工芸及木製
玩具の技工を指縛し時代的進展を要めつゝあり。
近江参涙
滋賀県坂本村及大津市に於て製作され鹿嶺僅かに
一萬餘師に過ぎざるも肥後、加賀兩象涙と共に其の
暴福として古くより世に知られ遠く異邦に名聲を博
し東洋薬術界の誇たり。
甲賀、蒲生の二郡を主産地とす。年涯価続四百五
十餘万円、全国屈指の産贈たり。而して万病感応丸
實母微等は古より有名なるも最近家庭常備薬として
知らるゝメンソレータムは蒲生郡八幡町に於て産出
し全国曜一の製造地たり。年源価額百七十餘萬円、
て爺蔓恋幾志貫項の内田割を古り。
本県売薬製法価額の約四割を占む。
八百八百八川む注ぐと調ふ／魂を有する本駅は至る
所に激刺たる銀銭を躍らし年通価額百餘万円に達す
而して其の魚種は七十余種と称せらるゝも小路及壊
は吾想湖特麁魚として其の名高し。
小動の主産地は野洲、高島の両郡にして年歴価額
十五万円餘、而して毎年六七百萬尾を他府県に配給
しつゝあり。
銭は畏くも明治大帝の御償に上り年応価額三萬餘
図、沖ノ島及蒲田地方に産するものは特に有名なり
本邦に於ける笠用蛙の飼育は本県を以て鳴矢とす
即ち大正九年農商務省麗務局副業課より米国産「ブ
ルフロツグ」種の試驗飼宵に本縣に委託せりれ、水
派試驗塲に於て其の伺養を写したるに本縣の氣候風
土之に題合し能く蕃殖したるに起因するものにして
一時全国的に投機的事業に飜弄する者ありて不安を
感じたるも幸ひ本県は其の影響少く、加ふるに本県
通
は将殊事情ありて餌料経済に於て他を凌観せる為、
特に阪田郡地方に於ては堅実なる農村剛柔として発
達し其の生蔵は活活蛙のまゝ西は阪神、東は名古屋
及京浜に駈出し、最近海外輸出を試みるに至れり。
近江肥育牛
本県は地勢と農業状態とに支配せられ、牛は短期
寵愛即ち銅て即ち額を育成し一定期間農耕に使彼長を俟
つて之が肥育を施すものと相当年齢の畜牛を借入れ
百日乃至百二十日間肥盈するものと二様ありと難、
近江特有の優良肉牛として移出するを目的として飼
発するものなり。而して之が生産の中心地は論生、
愛知、栗太、野洲、甲賀の五部にして夙に肉質の良
美を以て学慣高し、移出地は東京府下を第一とし又
京阪地方にも格出せられ其の敷約七千頭に達す。
・・・・・・・
同名
俳優の力餅
・・・・
滋賀郡堅田町
東京都草津町
犬上郡多賀村
同
飯田郡米原町
同伊香郡木之本町
同
伊香郡余奥村
候
監督
延
長
昭和五五
昭和八年
昭和九年
一一、一、一七一、五三一
一〇、五一七、五一七、五六三
一〇、五三六、九九六、九六
一〇、五六六、五六、三四八
一〇、七二六、九四五
悪事業
市事業
町村事業
第二六三、三、三〇五
一六五、六七五、六七五
一六五、八二〇
一七〇、六七〇
一七〇、三一〇
同同水利組合事業
但
一、アン、八、、、八、
一、七四一、七四一、五七六
一、七五一、七五一、〇三七
一、八四七、八四七、四三六
一、八五二、八五二、八六三
国
新築及改策
九、一二八、一二八、一二九、一三九、一三九
…………………………………………………………………………………………………
八、六二〇、一三九
監督………………………二三七
八、七〇八、七七二
修繕及〇万〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・・〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇・・・・・・〇〇〇・・・・一・・・
災害復書
一、六八、三間
二、五八、三
四
同同所同同同
八〇三二
八・三八・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一―七八――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一日祭例毎度復旧
災害復画
▽六七、五六七
二八八・二八・
セル、セセル、七八、七八〇、七八、七八、
野々
強
二、四四、七七六
二、〇三、一〇五
図
新築及改策
但
六三一、九八五
二三・・・・三三
二二、六七一
街道
災害土木費
二三、一―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――